A Jacket Well Worn: 古川広道さん

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今回は「A Jacket Well Worn」根室編。
ジュエリーデザイナーの古川広道さんを訪ね、日本本土最東端の街・根室へ。

自身のブランド「AVM(アーム)」を手掛けながら、2011年に活動拠点を北海道・根室に移した古川さん。新しい暮らしの中で、ジュエリー制作や考え方に変化があったそうです。さまざまな質問を投げかけながらお話を伺いました。

まずは、ジュエリーデザイナーの道に進まれるまでの経緯を教えてください。

元々はジュエリーではなく、ファッションデザイナーになろうと思っていました。ファッションが好きだった父親の影響もあったかもしれません。洋服をやるなら、その洋服が生まれた場所で学ばなければと思い、パリの学校へ行きました。

そこで洋服について学ぶうちに感じたのは、洋服は自分ひとりでは完結できない、ということ。洋服は工場をはじめ、さまざまな分野の人が関わってできています。たとえ自分がどんなに縫製の技術を身につけても、素材やパターンがよくなければ成立しない。それよりも、自分の手の中から生まれて、自分の手の感触を大事にしてつくれるものの方が自分には向いてるなと思ったんです。

指輪は全部自分の責任。もしも自分が本当にこの地球で一番高い技術を身につけられたら、最も素晴らしいものが作れる可能性だってある。パリの学校を卒業する時に、「これが自分の洋服です」とジュエリーのコレクションを出したのが最初です。帰国してすぐに、自分のブランド「AVM(アーム)」を立ち上げました。

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洋服とジュエリーにはどんな役割の違いがあると思いますか?

洋服は、機能を備えたプロテクションとしての役割があったり、自分がどういう人間なのかを外に向けて表明するものでもあると思います。どちらかというと外に自分を見せるというものに対して、ジュエリーは自分の内側に近いものなのかもしれません。自分自身のためにつけたりすることも多いですよね。

自分自身が何かに気付くきっかけになるのはジュエリーの方が多いので、身につける人にとってもそういうきっかけになればもちろんいいなと思いますが、それ以上に、今の時代にとって何がかっこいいのかを常に探し続けていたい。だからこそ、「なんかかっこいいな」と直感で選んでもらえたら嬉しいですね。

元々手先は器用だったのですか?

実家が三重の自然が多いエリアで、身の回りにあるものでなんとか遊べないかなという感じで、ナイフと流木で鳥をつくったりしていました。フライフィッシングが趣味なんですが、その頃から自分で毛鉤をつくって魚を釣っていて、それも遊びのひとつでした。

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上の写真は古川さんが自らつくる毛鉤。その日の気候や時間帯、気分によって使い分けるそう。

根室に移り住んだきっかけについて教えてください。

デザインって、アンテナを伸ばしていろんなものを取捨選択していく作業だと思うんです。でも自分のブランドを始めて13年ほど経った頃に震災があって、アンテナを伸ばすと得たくない情報やネガティブな情報が入ってくる。アンテナを張らなければいけないのに、それがしんどくなってしまって。それでは良いものづくりはできないので、もっとアンテナの先を伸ばして、いろんなものをより繊細に受け取れる場所をなんとなく探していました。

震災後しばらくは水辺を避けていて、趣味だった釣りもしていませんでした。でも、「今なら行けるかもしれない」と思えたタイミングで、北海道へ釣りに行ったんです。友人と共に訪れた根室で、漁師さんたちが笑顔で楽しそうに船の上で魚の仕分け作業をしていて、なんだか少し安心しました。自分と自然との距離が離れてしまっていた時だったので、その光景を見て「ここは人と自然の距離が近い場所なんだ」と感じたんです。

半島をぐるっと回って、海に入って釣りをして、いろんなものを自分の感覚に取り入れることができました。そのときに感じたのは、光がパリや北欧の地域に近いということ。物は光がなければ認識できないので、「光が違えば、これまでとは違ったものが生まれるんじゃないか」と直感的に思ったんです。

実際に根室に住んでみて気付いたのは、秋の空のグラデーションや光の美しさ、どこか凛とした空気感でした。もちろん冬の厳しさもあるけれど、そういう土地でこそキリッとしたものが生まれる。その中に温かさを求めて、感覚的に柔らかいものも生まれてくる。北欧の家具も、キリッとした部分とあたたかい部分が共存するように、根室もそういうものが生まれる土地なんじゃないかと思いました。

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【写真】湿原の中に佇む予約制ショップBURANN(ブラン)は、やわらかい根室の光が店内に差し込み、美しいジュエリーの影を映し出す。たまに「根室だとのんびりしていていいね」と言われますが、僕は根室の方がいいものができると思って拠点を移したので、東京でつくっていたよりもかっこいいものをつくらなければいけないと思っていて。このBURANNという場所も、かっこよくありたいと思っています」。

光が変わったことで、ジュエリーはどんな風に変わっていきましたか?

東京にいた時は、「自然に近づきたい」という想いがあったので、例えば裏に細かい柄を彫り込んだり、自然への憧れのようなものをコンセプチュアルにデザインとして落とし込むことが多かったです。

根室に来てからは、自然の中で生活するうちに自然への憧れというものがなくなっていきました。海で獲った魚や山で採れた山菜を食べ、猟師さんからいただいた鹿肉を口にすると、自分も自然の中の生態系の一部なんだと実感するからです。冬、吐く息が白くなって空に霧散していくのを見ると、自分と自然が混じり合っているのを感じます。

根室に来てからは、それまでコンセプチュアルに描いていた絵や情景を、質感や触り心地の中に描いていくようになりました。もっと直感的に、より繊細になったのかもしれません。鯨の骨の感覚を表現したバングルが、まさにそうやって生まれたものです。考えてつくったというより、自然とできあがった。自然の声を聞いて、それが自分を通して出てきたような感覚です。シャーマンみたいなものですね。

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【写真】リングは東京にいた時に生まれた作品。裏にはストーリーを描くように、コンセプチュアルなデザインが細かく掘り込まれている。
バングルは鯨の肋骨を表現。海で拾った鯨の骨に1年ほど触れ続け、その感触を手に覚え込ませたうえで、自身の手から自然にこの形が生まれたそう。

「自然とできあがる」という感覚は、どんな状況で生まれるのでしょう?

感覚を研ぎ澄まして、それを自分の中に取り込み、自然と一体になっていると、何かの拍子にふっと抽出できる
タイミングがあるんです。

昨年新しいカメラを買ったんです。ずれて見える二つの像を重ねてピントを合わせる「レンジファインダー」のカメラでファインダー越しの現実と、自分が調整している意識の像がピタッと合う瞬間がある。ものづくりもそのイメージに近いです。自分が見ている現実世界と自分のフィルターみたいなものがちょうど重なったときに、何か答えが出る。根室にきて、その感覚がより研ぎ澄まされた気がしていて、多分そこが一番の核なんだと思います。

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鹿の角をはじめ、エボナイトやヌーマイトなど、あまりジュエリーに使われない素材も扱われていますが、素材はどのように選ばれているのでしょう?

鹿の角は、アイヌの人や他の民族の人たちと同じように、身近にある硬い素材だったというのが一番の理由です。シンプルに、その時の自分が表現しやすいもの、その時の自分のアンテナに引っかかったものを探して、選んでいます。

ご自身がものを選ぶときも、素材は意識されますか?

はい。例えば釣具だったら、プラスチックのできる前のハードラバーという素材のリールを使っていて、持った時の感じや重みがアルミとは違うんです。音も、結構違うんですよ。
一生懸命考えて試行錯誤してできたオリジナルだからこそ、何かオーラがあるというか、ものとしての重みが全然違うんです。手でつくられていた時ならではの、完璧さを求めながら均一化されていない柔らかな丸みや、少しいびつな部分。そういう手触りもとても大事で、そこが馴染まないと、なかなか愛情が湧かないんです。

洋服については、どのように選んでいますか?

東京に住んでいた時は「デザイナーでいないといけない」というところで多少気を使ってはいたんですけど、根室では人に対してではなく、自然の環境に適応することの方に気を使いますね。

素材は最新のものも自然素材のものも、ミックスして着ています。例えば釣りで水の中に入る際には、機能性の高い最新のものを着たりもします。でも愛着を持って長く愛用しているものは、自然素材のものが多いですね。やっぱり馴染みがいいんです。機能的なことを言えばウールが最強だと思っていて、着続けてても匂いにくいし、水に濡れてもあたたかいので下着にしても優秀です。

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ラベンハムの「ウールブランドン」を選んだ理由を教えてください。

やっぱり大事なのは、触ったときの感触ですね。あとは釣りでも使いたかったので、フードは必須でした。
雪や雨にも対応できるし、遮光にもなります。水の中に手を突っ込まなきゃいけない場面でもサッと袖をまくりやすくて、そこも気に入っています。

北海道って実はそんなにずっと外にいる人っていないと思うので、すごく使いやすいと思います。
今もコットンのTシャツにこれだけ。いつもそんな感じです。軽くて動きやすいし、内側も滑りがいいから
着やすいんです。

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長年の趣味であり、根室に移り住むきっかけにもなったフライフィッシング。
「自然のリズムに調和して自分というものを無くすほど、よく釣れる気がします。
大きな自然な中に、自分がすっと溶け込んでいくイメージです」。

それから、こっちに来て気付いたことがあるんです。東京に住んでいた頃は、例えばアウトドアの場面では、雨風に強いゴアテックス素材など、いわゆる体を守る「プロテクション」の役割を持つものを選んでいたんです。でも根室でそういったものを着ていた時に、ふと「なんだか味気ないな」と感じたんです。

その一方で、例えばコットンの分厚いコートやウールのセーターなど、天然素材の洋服を着ていると、雪がふわっと積もるんです。形までわかるくらい大きな雪の結晶が舞い降りてくる瞬間がすごく綺麗だったんです。化学繊維だと、雪は弾かれてそのまま落ちるだけ。だったら、雪の結晶がパラーっと積もって「ああ、綺麗だな」と思う方が豊かだなと。自然を拒絶してない感じがして、すごくいいなと思ったんです。それでウール素材のものを選びました。

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撮影中も、タンポポの綿毛がふわりとジャケットの上に。
「プロテクションを重視した素材だと、こういう偶然も起きないもんね」と古川さん。

いかに環境のロスを防ぐかとか、CO₂を出さないようにするかとか、アパレルブランドではそういうことが重要視されてきているように感じます。でも、実はそればかりでは、かえって自然との距離が広がっていくような気もしていて。

どうしても頭で解釈しようとしてしまっていますよね。それよりももう少し日常の中で、「自然と馴染む服」を選ぶ方がもっと面白いんじゃないかなと思うんです。そうやってもう少しだけいろんなところで、人と自然との距離が近づいていくことが大切なんじゃないかと思います。

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根室という土地で新たにやってみたいことはありますか?

できるなら、この土地や自然をずっと残していきたい。だから、やりたいことは、「この楽しい暮らしをずっと続けること」です。根室に来たばかりの頃は、鮭が1日で20匹釣れることもあったんですが、今は全然釣れません。新鮮な鮭やいくらは本当においしくて「やっぱり食べたいな」と思う。都市で暮らしているよりも、自然の変化を身をもって感じるんです。

変化をなくすことはできないけれど、変化を感じて、その時々に自分がどう思うかを考えながら行動していきたいと思っています。まずは自分自身が手の届く範囲で、この暮らしを続けていくことのほうが、今は大事だと思っています。

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古川 広道

三重県出身。パリでファッションを学んだのち、1999年にジュエリーブランド「AVM(アーム)」をスタート。
2011年に活動の拠点を北海道根室市に移し、趣味のフライフィッシングを楽しみながら、自然と調和のある暮らしを送っている。環境と一体になることで得られる感覚を大切に、繊細で凛としたジュエリーを制作。

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BURANN

2022年にオープンした複合施設。歯舞湿原に佇む店を訪れると、根室の凜とした空気や光を体感することができ、温かみのある店内には古川さんが手がけるジュエリーブランド「AVM(アーム)」の作品が並び、ゆっくりと会話しながら見ることができる。

Writer : Moe Shibata
Photographer:Takeshi Sasaki
Editor: Arisa Ogura

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